ローマ帝国の宿営地ウインドボナをその起源として、かってヨーロッパの数カ国を支配したハプスブルグ家のオーストリア帝国の首都であった。マリア・テレジア女帝時代に栄えた市街は、フランツ・ヨーゼフ一世の治下で整備された。リンクと呼ばれる環状道路は、ウィーンの近代化を実現するために、19世紀の後半にかって旧市街を囲んでいた堀を埋め立てて造られたものである。シュテファン寺院や旧市街を含む歴史地区は「ウィーン歴史地区」の名称で2001年にユネスコの世界遺産に登録された。